住民との近さを実感

私が穂別に赴任して八年になりますが、いまでも目に焼きついている光景があります。

 穂別に来て四年がたった時、「もう少しいろいろ勉強したい」という思いから、わがままを言って二年間の予定で長野県の病院に研修に行かせてもらいました。引っ越しの日、「病院(当時は町立穂別病院)の前で見送りをするから出発前に寄ってください」と言われていました。

 引っ越しに手間取り、少し遅れて病院玄関に着くと、信じられないくらい多くの住民の方々が見送りに来て下さっていました。「二年間病院を放ったらかしにしてしまう私のために、こんなに多くの住民が集まってくれた」。言葉にならないような感動を覚えました。

 同時に、こんな自分でも必要とされているということが、ひしひしと伝わってきました。そして、「もっともっと勉強してまた帰ってこなければ!」という決心を強くしました。

 以前、大きな病院にも勤めていましたが、このような経験はもちろん初めてです。あらためて住民との距離の近さを実感しました。自分が好きで飛び込んだ地域医療の道。つらい部分もたくさんありますが、それを超える楽しさや充実感があふれるほどあります。

 病院の玄関前でのあの光景は写真には撮れませんでしたが、今でも私の宝物です。


いちき・たかひろ 1964年東京生まれ。道立小児総合保健センター、青森県立中央病院などを経て、98年から胆振管内穂別町(当時)の町立病院勤務。現職は同管内むかわ町国保穂別診療所所長。

 


診療所 憩いの場に

ある日、待合室から大きな声が聞こえてきた。

 「あんた若くていいね~」

 「なんも。もう八十一だよ」

 「あら! もうそんなになるのかい。そんでも若いね~」

 声の主はわからなかったが、思わずほほ笑んでしまった。うらやましがっているのは九十歳くらいの方だろうか。

 診療所には毎日多くの患者さんが受診されるが、ほとんどは慢性の疾患をもった高齢者だ。医療機関がサロンになっていると批判されて久しい。医療費の負担も多くなり、おいそれとは受診できなくなった。でも八十年も生きていればあちこち故障が出るのは当たり前。定期的な診察や検査は欠かせない。

 それぞれ調子の悪いところはあるが、外来で久しぶりに会った友人とみんな元気におしゃべりをしている。耳が遠い人が多いから声も大きい。診察の順番がきて名前を呼んでも聞こえない。

 この光景を見ていると、診療所に来ること自体がリハビリになっている気がする。介護予防を進めよと国はいうが、これも立派な介護予防。当診療所の医師で一番年長、人生経験豊富な夏目医師が言った。「診療所にサロンをくっつけましょう!」

 ちょうど診療所の建て替えで空くスペースがある。そこにサロンを作ろう。受診帰りにお茶や習い事をしたり、体操をしたり、思い思いの時間を過ごせる憩いの場を作れたらと思った。ボランティアの方に来ていただいたり、若い人や子どもたちにも気軽に立ち寄ってもらい、世代間交流もできたら素晴らしい。夢はふくらむ。

(胆振管内むかわ町国保穂別診療所長)

 


地域の子の成長楽しみ

「おはようございます!」と元気にあいさつしてくれる子。恥ずかしそうに小さな声で「おはよう」と言う子。気づかないのか視線を合わせてくれない子。

 朝の通勤途中、登校する子供たちの顔を見るのが一つの楽しみだ。穂別に来てまだ八年だが、当時生まれた子供たちはもう小学二年生。中学生だった子は二十歳を過ぎている。

 ここでは乳幼児健診、予防注射、普段の外来、保育園や学校での健診などを通して、継続的に地域で子供たちの成長を見守ることができる。また、以前診ていた子が、ある日突然母親として乳児健診や外来にやってくる。

 小児科の楽しさの一つは成長・発達をみることだと、ある先輩から言われたことがある。研修のころは一-二年で次の病院に転勤になってしまう。年賀状のやりとりなどで成長過程をみることができたのは限られた子供たちだけで、ある意味寂しい思いがしていた。

 ここではうってかわっていつも子供たちが近くにいる。旧穂別町の子供全員の名前と顔を一致させるところまでは到達できていないが、名前も顔もわからないという子供はそう多くはない。さらにその子の両親、祖父母、住んでいる家まで頭に浮かんでくることもある。地域の小児科医として、両親や祖父母のかかりつけ医として、さらに三人の子供の父親として、家族で通うキリスト教会の信徒として、さまざまな形で地域にかかわっている。

 今、子供たちを取り巻く環境はどんどん悪化している。さまざまな誘惑も多い。子供たちが地域で安心して生活し、成長し、立派になって巣立ってゆくお手伝いを今後とも微力ながらしていきたいと思う。

(胆振管内むかわ町国保穂別診療所長)

 


診療所祭りで交流促進

「かかりやすい、開かれた診療所をめざします」

 これは、当診療所の運営方針のひとつです。

 開かれた診療所とは、住民の皆さまにとってなじみがあり、いつでも気軽に相談しやすい診療所をイメージしています。また、ボランティアも積極的に受け入れていきたいという願いも込めています。

 以前、私が勤務していた長野の諏訪中央病院には「ほろ酔い勉強会」という住民を対象とした勉強会がありました。残念ながら現在はお酒は出ないのですが、発足当初は本当にお酒を用意して、住民、病院スタッフが一杯飲みながら、語り合ったと聞きます。大きな病院となった今でも、地元住民から身近で頼れる病院として信頼されています。

 穂別診療所でも町民の皆さんとの間の敷居を低くし、一緒に健康や医療のことを考えてもらえたらと、出前講座や講演会、各自治会との懇談会に積極的に取り組んでいます。

 そしてこのたび、初めての試みとして十月二十八日に「診療所祭り」を開催しました。スタッフで実行委員会をつくり、準備を進めました。子供ためのコーナー、健康チェック、リハビリ体験、講演会、豚汁定食の販売など内容も盛りだくさんでした。

 当日は予想以上の二百人を超える人が参加してくれました。診療所や町保健福祉課のスタッフもひとつにまとまり、素晴らしいチームワークで頑張ってくれました。さらにうれしいことに、町民の方が何人かボランティアで参加してくださいました。

 来年は、さらに町民の皆さんを巻き込んで、住民参加型の健康祭りにしていきたいなあと思っています。

(むかわ町国保穂別診療所長=胆振管内)

 


子供への愛情 言葉で伝えて

ある日の外来風景。胃腸炎で小学校高学年のV君が点滴を受けていた。ベッドの両側にはお父さん、お母さんがいて、手を握ったり、さすったりしている。もう両親と同じくらいの体つきになっているV君だが、やはり小学生。うれしそうに、盛んに両親に甘えていた。

 この光景を見て、なんだかとても心が温かくなった。それと同時に自分自身を反省した。そういえば最近子供とスキンシップをしていないなあ。小さいころはいつも抱っこしたり、一緒に遊んだものだが…。

 マザー・テレサの言葉に「私が思うのに、この世で一番大きな苦しみは一人ぼっちで、誰からも必要とされず、愛されていない人々の苦しみです」(「マザー・テレサ愛と祈りのことば」渡辺和子氏訳より)というのがある。

 日本は経済的にも恵まれ、住環境も医療も教育も整い、何不自由なく暮らせる恵まれた国だ。しかし、子供たちの幸せ度を調査すると日本はかなり下位にランクされてしまう。なぜだろう。子供たちに愛されているという実感がないのだろうか。

 私は、自分の子供を愛していない親なんかいないと信じている。子供たちに愛しているというメッセージをうまく伝えられない、ついつい子供に対して否定的な言葉を浴びせてしまう大人たちが多いのではないか。

 気持ちは思っているだけでは決して通じない。「君のことが大事だよ。君を愛しているよ。君が必要だよ」。私たち大人は、言葉や態度で子供たちにメッセージを伝えていくべきだ。

 V君はきっと素晴らしい大人になるだろうと思う。こんなに両親から愛され、また大切にされているというメッセージをいつももらっているのだから。

(むかわ町国保穂別診療所長=胆振管内)

 


地域の魅力伝えたい

「ちょっとお風呂場を見せていただけますか?」

 初めての訪問診療の帰り際にお嫁さんに聞いた。快く見せていただいたが、とても介護がやりやすいように工夫されていた。

 帰りの車中で、同行した研修医が「お風呂まで見るのですか?」と驚いた様子。「医者は患者さんの生活全体を見なければいけないのだ!」などと偉そうに答えたかどうかは覚えていないが、私にとっては日常的なことが、研修医にはとても新鮮に感じたみたいだ。

 「患者さんとの距離が近い」「患者さんの生活背景を見ながら医療をする大切さを知った」「さまざまな職種と連携して医療をする大切さを知った」。これらは、穂別診療所で昨年研修を受けた大学卒業後二年目の研修医の感想だ。

 新しい研修制度になって「地域保健・医療研修」が必修となり、昨年は五人の研修医が一カ月交代で穂別にやって来た。

 研修では外来診療だけではなく、訪問看護やリハビリの同行、さらに町の保健師の訪問同行、デイサービスでの介護実習など多様な内容を盛り込んでいる。

 今回穂別に来た研修医たちが、将来地域医療の道に進むかどうかは別として(本当は進んでほしい!)、大きな病院ではなかなか感じられないような、新鮮な驚きを今後の医師としての歩みの中に生かしていってもらえたらと願っている。「病気ではなく、病人を診よ」。使い古された言葉かもしれないが、このことは忘れてほしくない。

 また春から研修医が穂別にやってくる。一年間で九人。二カ月研修を受ける予定の医師もおり、ほとんど一年中研修医がいることになる。私たちスタッフにとってもよい刺激になるし、勉強になる。

 地域医療の魅力、やりがいを若い人たちに伝えていきたい。

(むかわ町国保穂別診療所長=胆振管内)



 


はじめからお年寄りではない

「初めからこんなババだったわけじゃないんだから、私にだって若い娘時代があったんだよ」と訪問診療先で、昔話をしながらAさんが大笑いしている。 

脳梗塞(こうそく)で体が不自由だが、不屈の精神でリハビリを頑張り、退院した。とても頑張り屋で、明るいおばあちゃんだ。

在宅医療は外来とは違い、患者さんもリラックスしているのか、話が弾むことが多い。こちらも時間の余裕があり、じっくりと患者さんの声を聞くことができる。Aさんのお宅に伺う時も、いつも話に花が咲く。若いころの話もよくしてくれる。

 患者さんの生活を見ることも大事だと以前このコラムにも書いたが、現在の生活だけではなく、その方の人生に焦点をあてることも重要だと思う。今までどのように歩んできたのか、どのような考えを持っているのか、そして今何を考えているのか。 人それぞれ、さまざまな経過があって今があるわけで、それを飛び越えてその方を理解していくことはできない。

特に高齢者の方は、多くのものを失いつつ、現在を生きている。身体的、精神的な衰え、家族や友人の死。そのような中で、自分なりに折り合いをつけつつ、生活されている。 

先日出席した学会で、高齢者外来についての勉強会があった。講師の先生いわく、「みなさん! お年寄りは、初めからお年寄りだったと思ったら大間違いです よ」。会場の医師たちは爆笑したが、講師は続けた。「実際に研修医を指導していると、そう思ってしまう医師は案外多いのです」と。 そして多くの医師たちがうなずいた。確かに気を付けなければならないことだと思った。そして、Aさんの言葉をすぐに思い出した。

次はどんな話を聞こうかな? 訪問がまた楽しみになった。



(一木崇宏・むかわ町国保穂別診療所長=胆振管内)